【独断と偏見の一枚】 Aphex Twin – Come To Daddy (1997)

2019年1月15日

イングランド、コーンウォール出身の"テクノの神"Aphex TwinことRichard D. James。彼が1997年に発表したEP、"Come To Daddy"を紹介する。彼の作品の中でもかなりハードで"エグい"作品だが、それだけに面白みも強い。子供をテーマとしたコンセプトアルバムとして、父親、子供、母親の姿をそれぞれ狂気的に表現している。電子音楽に興味のない方も、その緻密な構成美と破壊的な音像は、プログレやメタルが好きであれば気に入るだろう。実際にプログレ好きの僕が何かのきっかけで手にとって以来、ずっと聴いている。

1 Come To Daddy (Pappy Mix)
序盤から強烈なディストーションサウンドと手数の多いブレイクビーツが炸裂し、前作"Richard D. James Album"や代表作の"Selected Ambient Works 85–92″でAphex Twinに触れたリスナーはドン引きする仕組みである。事実、僕も2曲目のFlim目当てでこのアルバムを買ったので、この1曲目にはビビって一瞬アルバムを買ったことを後悔した。デスメタルのオマージュとして制作されているようだが、ある意味メタルより重々しいし、確かにブラックメタルあたりのファンにも勧められる怖さがある。最初はこの曲を飛ばして聴いていたが、今では意味不明なボーカルと湧き上がる恐怖に取り憑かれてしまった。
Chris Cunninghamが制作したプロモーションビデオも有名で、猥雑で露悪的な映像に仕上がっている。怖いMVの投票をしたら必ず上位にランクインするであろうこの作品。悪夢の中を彷徨うような、シュルレアリスムすら感じる内容なので一度見てほしい。

2 Flim
このアルバム屈指の名曲であり、前作や、"Selected Ambient Works 85–92″でも美しいアンビエント・ミュージック路線を引き継いでいる。4分音符主体の浮遊感のあるメロディラインと、丁寧に作り込まれた細かいドラムフレーズが魅力的。背後で目立たず薄っすらと鳴っている三角波的なパッド音や、スネアドラムに一瞬だけかかるエコーの使い方が職人技である。1:30頃から入るストリングスによる裏メロとそこからの重いバスドラムの入りが、曲をより一層を叙情的なものにしている。生楽器を使ってカバーされることも多く、電子音楽というジャンルの内外から人気がある曲だ。

“FLIM" – Aphex Twin (Live Band Cover)

3 Come To Daddy (Little Lord Faulteroy Mix)
美しいながらも不気味で、どこかの幻想世界に迷い込んだかのような世界観が特徴的。子供の声をサンプリングしたり、それを低速再生して音程を下げ、不気味な声を作ったりと、彼の手腕が光る。タイトルの"Little Lord Faulteroy"はフランシス・ホジソン・バーネット著「小公子(原題:Little Lord Fauntleroy)」から取られている。スペルミスは意図があるのか単純なミスなのかは不明。

4 Bucephalus Bouncing Ball
Aphex Twinらしさがよくわかる楽曲。子供の声のサンプリング音声はこのEPの収録曲としては珍しく使用されておらず、子供の存在の暗喩としてだろうか、ボールが跳ねるような音をサンプラーで再現している。後半から始まるパーカッシブなパートが小気味よい。ちなみにBucephalusとはアレクサンドロス大王の愛馬であるブケパロスのことだと思われる。

5 To Cure a Weakling Child (Contour Regard)
サンプリングされた子供の声に、おそらくRoland MC-202によるシーケンサーサウンドと重めのベースが入ってきて穏やかに曲は始まる。やがて楽器の数も増えはじめ、サンプラーとシンセサイザーによるオーケストラが構築されていく。細かいサウンドでありながらもゆったりと進行していき、Brian Enoのアンビエント曲をそのままドラムンベースに発展させたような趣が感じられる。タイトルを直訳するなら、弱虫な子供を癒やすこと、となる。

6 Funny Little Man
反復されるベースラインと、ピコピコしたサウンド、そして単調で仄暗いリードサウンド。彼の楽曲にしては、ビートは比較的シンプルだ。やはり子供の声をサンプリングし、サウンドエフェクトとして、それを素材としてヴォコーダーと逆再生を施し、歌のようなサウンドを作り上げている。プレイステーションの謎ゲー、例えばLSDあたりに使われていそう。このアルバムの中でもかなり不気味で不安になる曲。最後にMacによる合成音声で、脅迫のような下品な文言が呟かれて終わる。

7 Come to Daddy (Mummy mix)
メロディですらないインダストリアルなSEと、たまに挿入されるラジオのような人の声。サンプラーによる同音の連打、またはイコライザーのワウペダル的な使用。実験的で時たまビートすら途切れてしまう。音世界としてはテクノという枠組みを離れ、どちらかというと50年代にシュトックハウゼンらが確立した現代音楽の一ジャンル、ミュージック・コンクレートに近い。この曲に母親の名を冠するのは皮肉としか言いようがない。

8 IZ-US
7曲目とは打って変わって、クラブで流れても違和感のないダンスミュージック。ブレイクビーツの上に乗っかり反復される、エレピのような音色のテーマがエモい。やがて、ヴァイオリンのようにか細く鳴り続ける単音のリード音が加わってきて、曲の叙情性を高めている。このアルバム全体で特徴的であった子供の声も曲の最初を除いて全く使われていない。露悪的で凶悪なアルバムの最後を締める、チルアウトのための一曲。

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音楽

Posted by esmal