【独断と偏見の一枚】 Nirvana – Bleach (1989)
Nirvana。洋楽好きで知らない人はおそらく居ないであろうロックバンドだ。Pearl JamやSoundgardenなどの他の大物バンドと共に「グランジ」という音楽ジャンルを成立させ、その後の音楽業界に与えた影響は計り知れない。今回紹介するのは彼らのデビューアルバム"Bleach"だ。次作の大ヒットした"Nevermind"や、彼ら最後のアルバム"In Utero"と比較してしまえば、アルバムとしての完成度はそこまで高くはない。正直、後半は中だるみする。しかし、それを補って余りある前半の爆発力は彼らの作品の中でも随一だ。彼らのお家芸である、コーラスをかけた「静」、ディストーションを踏んだ「動」の使い分けはまだ確立してはいないが、その分、ずっと爆発しっぱなし。爆音のアンサンブルでリスナーを休ませない。歌詞もまだインディーズ時代だからなのか、メジャー時代以上に過激で尖っている。機材面で語るならば、Kurt Cobain(Nirvanaのボーカリスト兼ギタリスト)がこのアルバムで使っているギターは、後の愛器として有名なFender Mustangではなく、意外にもUnivox Hi-Flierという安いギターだ。ハムバッカー搭載機で、アルバムでも聴いてわかるように低域が弱く細めの音。このギターの音色がアルバムの「ロックよりは激しいが、メタルではない」異質な雰囲気を生み出すのに一役買っている。また、このアルバムは約600ドルという低予算でレコーディングされていて、音質はそれほど良くない。だが、その粗さ、ラフな感じは、グランジのLo-Fi美学を表している。必ずしも高音質、高級な機材を使って録音しなくてもいい、という考え方は、後のインディーズバンドに勇気とアイデアを与えただろう。全く関係ない余談で、大人気漫画の「ブリーチ」の題名の由来の一つがこのアルバム。有名すぎて全く聴いていない、若しくは、とりあえず"Smells Like Teen Spirit"は聴いたものも、次に何を聞けばわからない、という方の参考になれば幸いである。
1 Blew
ダウンチューニングされたベースラインがアルバムの始まりを告げ、ダウナーな調子のボーカルが唸る。ヴァースとコーラスを繰り返した後に入るギターソロは、短いながら個性的で楽曲に華を添えている。産業メタル(あえてバンドを名指しはしない)が流行っていたこの時代に於いて、ある意味、メタルよりも重い楽曲だろう。前述したように、ギター、ベースの最低音がCにダウンチューニングされていて(通常はE)、音程的にも低く重い。
2 Floyd the Barber
この曲もメタリックである。この当時のグランジシーンの影響力は大きく、後にMetallicaまでもがグランジ寄りの方向性に寄ることとなる。この曲含め、"Paper Cuts"、"Downer"はドラマーのChad Channingの代わりに当時の正規メンバーであるDale Croverが叩いている(ちなみに、Nirvanaのドラマーとして最も有名なDave Grohlは参加していない)。この2人のプレイスタイルは割と異なるので、聴き比べてみてはいかがだろうか。
3 About a Girl
Nirvana初期の代表的な曲。歪ませずにクリーントーンで奏でられるギター、ちょっと古くさいドラムフレーズ、そしてどこか60年代のアメリカのロックを思わせるコード進行。やがて曲調はハードに展開し、ボーカルがシャウトしはじめる。BOSSのDS-1を踏み込み静と動を使い分ける、とてもNirvanaらしい曲。この曲を聞くためこのアルバムを買っても良い。後にMTV Unpluggedにてアコースティックアレンジを披露したが、これがまた素晴らしいので是非映像付きで聴いてほしい。
Nirvana – About A Girl (MTV Unplugged)
4 School
またもやヘビーな楽曲で、グランジ黎明期の音楽性を垣間見ることができる。ベンドを多用したリフの繰り返しの後、少しテンポを落としてサビに突入。Chad Channingのドラムの演奏がとても"ロック"してて爽快。余談だが、単位がやばくて学校行くべき、でも起きられないときに目覚ましにしてる。確実に起きられるが寝起きの気分はお察しください。
5 Love Buzz
東洋風なベースラインから始まるカバー曲。原曲とは相反するような激しいアレンジにより、Nirvana色に染め上げている。彼らの多くの曲に言えることで、調から外れた音やコードを使用していて、理論では説明できない(厳密には可能だけれど、とても複雑になる上、彼らがそれを考えていたとは思えない)ところがある。音楽理論を覚えろ!という人間に対してはNirvanaを聞かせて黙らせよう。ちなみに原曲を演奏しているShocking Blueは、60年代オランダで活動したサイケデリックロックバンド。
6 Paper Cuts
エレキギターのノイズによるイントロの後、サイケデリックなギターのアルペジオに乗っかって陰鬱な歌詞が歌われる。歌詞の内容は、Kurt Cobainが幼い頃に直面した家庭問題によるトラウマを象徴しているようだ。
7 Negative Creep
Negative Creepとは陰湿な嫌なやつ、と訳せる。つまり今で言う陰キャのことだ。後のハードコアパンクに間違いなく影響を与えているであろう、暗黒轟音サウンド。瞬間のブレイクにて、叫びとギターだけが浮き上がってむき出しになる瞬間が実にカッコいい。陰キャの自覚のある人は聴いてみよう。
8 Scoff
ここまで聴いていて思ったが、楽曲のバリエーションで言えば確実に次作の方がメリハリがあり面白い。しかしメジャーデビュー後の作品は、ポップすぎて統一感がないともいえる。暴力的な歌詞で歌われ、彼らの作品の中で最もライブ感があるのが"Bleach"というアルバムの特徴で、この曲も例に漏れず、ずっとゴリゴリでパンチのあるギター+ストレートな展開が楽しめる。
9 Swap Meet
複雑なリフとメロディ感の希薄なギターソロは若干、プログレっぽい。シンバルをカンカン鳴らし、決めるところは決める、ドラムのフレーズ構成にセンスが光る。
10 Mr. Moustache
Moustacheというのは口ひげの意味で、その意味はレッドネック(アメリカの白人保守層。ドナルド・トランプに投票してそうな人たち)を表してるだとか、Nirvanaの男性ファンのことだとか、Kurt Cobainが在籍していた高校のジョック(アメリカのスクールカーストの頂点。運動部の陽キャ)の一人を指しているだとか噂が語られているが、詳細は不明。
11 Sifting
学校や教会に対する不信感と敵対心が顕になった歌詞。鬱屈した曲調がどことなくBlack Sabbathを連想させる。"Sifting"とは「ふるいにかける、精査する」という意味で、Kurt Cobainが学校で教師たちからどのように扱われてきたか、容易に想像できる。
12 Big Cheese
Kurt Cobainは組織に組み込まれて働くことも性に合わなかったらしい。まるで山吹生。この曲と次の"Downer"は、LP版のファーストリリースから翌年の1990年にCD版がリリースされたとき、追加されたボーナストラック。
13 Downer
ポストパンク的な狂気を孕む一曲。どんどん加速していくドラムに乗っかり、最後まで激しく暗く疾走する。共産主義も資本主義も宗教もすべてを批判する、全方位に喧嘩を売ったスタイルはたまらなくアナーキーで魅力的だ。個人的に隠れた名曲だと思っている。
【この作品のリンクはこちら】
Apple Music
Spotify
YouTube